令和5年6月10日(土)

第十五回猫蓑会リモート

短歌行「朱夏の踝」

西田荷夕 捌
汀線を朱夏の踝跳ねて行く
荷夕
浜昼顔の背伸びする群
桜千子
建築のコンペティションに応募して
祐介
谷間に見ゆるつつましき屋根
敏枝
凍月を背に牧童の声はやり
純子
太腹(ふとはら)鱸シチュー仕立てに
飲める酒飲めぬふりしてしなだれる
三文芝居もれる溜息
医者も言ふ恋わづらひに打つ手無し
捨てる基準は消費期限か
花の下ボンネットバス停まります
霞棚引く故郷はまほろば
ナオ
振り向けば石落つるごと告天子
砂場に残るシャベルぽつねん
見習ひのパティシエ今日もだめ出しを
国際会議同時通訳
瞬殺は罪に問はれぬはずだけど
浅茅の径をいつかふたりで
抱き合うて金波銀波の月の湖
木の実降らせる魔女のひと振り
ナウ
平岡翁※トレモロの曲軽快に
此処がよいのと膝で寝る猫
いつの日も花の隣は空けてある
旧友を訪ふ清明の朝
連衆 鵜飼佐知子 和田祐介 箭内敏枝 近藤純子

※木琴奏者 平岡養一(1907 〜1981)

半歌仙「水の構図」

本屋良子 捌
ほうたるに水の構図の変りけり
良子
何か潜める河骨の岸
香織
楽隠居コンピューターを操作して
蝸舎
赤い付箋をはさむ新刊
照子
銭湯の三角屋根に月皓と
後の袷をかき合はす叔母
美術展エゴンシーレに対峙する
気の狂ひたるお七あはれの
思はぬと思へど勝る君の影
ちびた鉛筆ずらり並べて
土俵入り待つ間の力士深呼吸
寒月の下馬乳酒の宴
冬枯の野をまつすぐに貨車の行く
木乃伊の瞳どこを見やるや
国籍をZ世代はひよいと越え
団子食ひつつ英文を読む
花の下うつらうつらと午後の色
晴天高く上る風船
連衆 平林香織 岩田蝸舎 五郎丸照子

半歌仙「榧の樹影」

佐藤徹心 捌
五月雨や榧の樹影の揺れもせず
徹心
階に沿ひ十薬の花
あき子
エチュードを姉妹連弾軽やかに
志保子
居間の奥から仔犬駆け来る
鄭和
いざよひの招く湖畔に椅子並べ
先急かされるやや寒の坂
母と娘が揃ひの衣装ハロウィーン
いつも薄荷糖ボンボニエール
湯治場の土産のこけし澄ましてる
幼なじみが妙にきれいに
握つた手薬指には真珠玉
一番銛の肩に昼月
悴んで刺子あはせの剣道着
しはがれ声を酒でうるほす
神前に畏まりたる権の祢宜
バックパッカーうららかに行く
木漏れ日の野点の席に飛花落花
川辺に憩ふ春の夢たち
連衆 岩崎あき子 北龍志保子 髙山鄭和

二十韻「青葉風」

鈴木千惠子 捌
全身で呼吸してみる青葉風
千惠子
石榴の花のはや孕みをり
了斎
厩舎には出走を待つ馬のゐて
転石
毛布かかへて落ち着かぬ膝
房子
滑つてはいけない坂の雪月夜
祖父の葬儀にいとこはとこも
百年のパイプオルガン鳴り渡る
夫君したがへ女王おごそか
天蓋の下でやさしき口づけを
ランプこすれば現れる奴
ナオ
こそこそと債鬼の影におびえつつ
暗証番号盗みとられる
のんびりと暮らす縄文村の秋
落栗拾ふ兄と弟
月に棲む兎が婆のお話に
鉄砲抱いて酒を酌み合ふ
ナウ
ご維新の志士は紙幣の顔となり
人も動いてゐる蜃気楼
花守がしつかと支へ花大樹
つい鼻歌の混じるのどけさ
連衆 鈴木了斎 林転石 室房子