東 明雅の連句 Q&A
第三の作り方、付き方転じ方
第三の作り方について、『三冊子』では「大付にても転じて長高くすべしとなり」とありますが、『去来抄』では正秀亭で脇句に合わない第三を出した去来が芭蕉に叱られています。矛盾するようですが、どう考えたらよいのでしょうか
第三はよく漢詩における転句にたとえられますが、一句全体が前句の世界・気分から全く一転するのではなくて、前句を受けながら、一句の中で大きく転換するところに、漢詩でいう転句と異なるところがあります。「大付にても転じて長高くすべし」というのは、前句との付味は全く考えなくてもよいというのではなくて、前句との付味は大抵、まあまあほどならば、それでよいとして、それよりも転じに重点をおき、格調が高く、のびのびとした句を作れということでしょう。それでこの去来が叱られた例を考えてみますと、この時、
二つにわれし雲の秋風 正秀
という脇句に対して、去来は次のCをこの時第三として付けたのでしたが、芭蕉は気に入らず、
A 中連子中切りあくる月影に
B 月影に手のひら立つる山見えて
C 竹格子陰も---(ママ)に月澄みて
それを一直してAの句を治定しました。この時芭蕉は「二つにわるゝと、はげしき空の気色成を、かくのびやか成第三付ル事、前句の位をしらず、未練の事なり」と言って一晩中、去来に突っかかったそうです。
それで去来が弁解して、「実はあの時Bの句を考えておりましたが、ただ月が格別に清らかであるという点を詠もうとばかり拘って、前句の位を忘れてしまったのです」と言うと芭蕉は「そのBの句を出したならば、どれ程よかったか分らない」と言ったそうです。
芭蕉の判定によると、Bの句は前句のはげしい気分に対して、山の険しさが一応響き合って、「大付にても転じて長高くすべし」という第三の条件に一応叶っているのに対して、Cは前句のはげしい気分を全然無視して、ただ月の清らかなことをのんびり述べたにすぎない。それでは大付どころか、全く前句に付いていないと芭蕉は考え、思いあまってAの句を自分で作って去来に与えたのでしょう。これならば中連子(武家屋敷の中門の左右に設けられた連子窓か)という物と言い、「中切りあくる」という表現と言い、見事に前句の位に応じながら転じているのです。これが第三の転じの見本であります。
「猫蓑通信」第23号 平成8(1996)年4月15日刊 より