Q3

発句と挙句の関係

挙句を付ける時、発句に帰っていくような付け方もあるという説を聞いたことがあります。私たちはそのようには習っておりませんが、これはどのように考えたらよいのでしょうか。
 

発句と挙句が照応している作品は芭蕉の作品にもあります。その例をあげてみましょう。

   詩商人年を貪ル酒債(サカテ)哉    其角
    冬湖日暮駕馬鯉          芭蕉
   干(ホコ)鈍き夷に関を許すらん     同
    三線人の鬼を泣(ナカ)しむ      角
   月は袖蟋蟀眠る膝の上に        同
    鴫の羽しばる夜深き也        蕉
ウ  恥知らぬ僧を笑ふか草薄        同
    しぐれ山崎笠を舞          角
   笹竹のどてらを藍に染なして      蕉
    狩場の雲に若殿を恋         角
   一の姫里の庄家に養はれ        蕉
    鼾名に立つと云題を責(セメ)けり   角
   ほととぎす怨の霊(レウ)と啼かへり   蕉
    うき世に泥む寒食の痩        角
   沓は花貧重し笠はさん俵        蕉
    芭蕉あるじの蝶丁(タタク)見よ    角
   腐れたる俳諧犬も食はずや       蕉
    鰥(ホラ)々として寝ぬ夜寝ぬ月    角
ナオ 聟入の近づくままに初砧        同
    戦ひ止んで葛うらみなし       蕉
   嘲(アザケ)リニ黄金ハ鋳小紫      角
    黒鯛黒しおとく女が乳        蕉
   枯藻髪栄螺の角を巻折らん       角
    魔神を使トス荒海の崎        蕉
   鉄の弓取猛き世に出よ         角
    虎懐(フトコロ)に妊(ヤド)る暁    蕉
   山寒く四睡の床を吹く嵐        角
    埋ミ火消て指の灯          蕉
   下司(ゲス)后朝をねたみ月を閉     角
    西瓜を綾に包ムあやにく       同
ナウ 哀いかに宮城野のぼた吹凋らん     蕉
    陸奥の夷(エゾ)知らぬ石臼      角
   武士の鎧の丸寝枕貸す         蕉
    八声の駒の雪を告つつ        角
   詩商人花を貪る酒債哉         同
    春湖日暮て駕輿吟          蕉

この作品は、天和三年(一六八三)刊の「虚栗(ミナシグリ)」という俳書に掲載され、談林俳諧から蕉風に発展する過渡期の作品です。この頃の芭蕉の作品の幾つかに、発句と挙句を照応させたものがありますが、いずれも、談林の遊戯的俳諧の名残で、蕉風が確立してからの作品には、このような現象は一つもありません。発句と挙句とを照応させることは、「歌仙は三十六歩、一歩も止まることなし」という輪廻を嫌う連句の根本精神に反することにもなりますので、現在では、発句にある文字も、特に挙句に使うのは避けております。

猫蓑通信」第3号 平成3(1991)年4月15日刊 より