東 明雅の連句 Q&A
根なしの花と挙句
19 練習船花の門出に集ひけり
挙句 朧おぼろにふるさとの空
このような付けの時、これは本来の花ではないから挙句はこれではまずいのではないか、という意見が出たのですが、その意味を教えて下さい。
これはいわゆる「根なし花」が出た時の心得についてのおたずねと存じます。
たとえば、貞享四年「時は秋」の巻に、
35 襁織る花の錦のをさ打て 翁
挙句 柳の水の澄み返へる春 執筆
同じく貞享四年「磨直す」の巻
17 この塚の女は花の名に戯れ 桐葉
18 誰が泣顔を咲るつつじぞ 芭蕉
元禄二年「陽炎の」の巻
35 一門の花見衣のさまざまに 北鯤
挙句 伝はる藤の筋のどかなり 嵐竹
元禄五年「鶯や」の巻
17 御供に常陸之介も花心 翁
18 白いつゝじに紅の飛び入 同
このように根なし花(植物以外の花)が出た時は、挙句または次の付句に、春の他の植物を付けることに一応なっております。
元禄七年「夕皃や」の巻を見ますと、
35 難波なる花の新町まれに来て 素牛
挙句 文に書かるる柳山吹 鳳仭
となっており、これとお尋ねの花の句、
練習船花の門出に集ひけり
とは、一方は大阪の遊里新町の華やかさを唱い、他は練習船の栄ある出港を花とたたえたものとして、いずれも根なし花になるでしょう。それならば、挙句にももう一工夫して、何か他の春の植物を入れるようにされた方がよいと思うのです。
ただ、根なし花か、根なし花でないかの判定はむずかしく、たとえば先の例でも、実際に練習船が花の咲いている時の出航という意味かも知れず、私はその可能性が多いと思いますが、このような時はどうするか、その判定は甚だ微妙です。それに芭蕉たちの作品を見ても、根なし花でありながら、次の付句や挙句に特別の配慮をしてない例も、たとえば、元禄二年「衣装して」の巻、
17 花の顔室の湊に泣かせけり 路通
18 古巣の鳩の子を持たぬ恋 曽良
貞享二年「ほととぎす」の巻
35 六経のはなを古瀬戸に秘蔵せむ 如行
挙句 邪なしとおもへ日ながく 桂楫
などのように、根なし花の次に特別な配慮をしていない例もあります。
結論として、根なし花の疑いのある花の句が出た時は、句主に真意をたずね、はっきり根なし花と決まった時は、作法通り、他の春の植物を挙句に出すのがよいと思います。
「猫蓑通信」第6号 平成4(1992)年1月15日刊 より