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東明雅の連句Q&A

 
34・連句と旅
連句には旅をしているような感じがありますが、なにか通じるものがあるのでしょうか。

 
昔、国立博物館で横山大観の「生々流転」という絵巻物を見たことがありました。

天から降った雨が地に落ちて、長い時間をかけて泉となって噴き出し、流れて渓谷となり、滝となり、渕となり、瀬となって大河に注ぎ、あとは春の野を潤して農人を助け、夏は魚類を育てて漁師を養い、やがて大海に入るまでの行程を、独特の大胆な構図、精緻な筆致、さらに見事な墨の濃淡で描き上げているのを見て感動したことがありました。

これはまさに水の旅を描いて、人間の一生を象微したもので、この絵の題が「生々流転」と付けられている理由がよく分かりました。

これは絵巻物という、自由に主題のT(時)・P(場所)・O(場合)を変化させながら、しかも、それらをうまくつないで行く、日本独自の絵画の手法であるからこそ成功したものでありましょう。

俳諧(連句)も、一巻の中で自由に主題のT・P・Oを変化させながら、発句から挙句まで続けて行くことができるのです。俳諧(連句)の主題というのもおかしいのですが、これは世態・人情とでも広く限定すれば大方の納得を得られるところでしょう。

これに反して、俳句は人生・自然の一瞬・一場面を活写することはできるのですが、人生を綜合的に描き上げることはできません。俳諧(連句)が絵巻物なら、俳句は一枚のキャンバスに描かれたタブロー(作品)でしょう。

たとえば、芭蕉の捌いた「市中は」の巻(「猿蓑」所収)を読むと、発句は溽暑に喘ぐ市井の雑踏から脇では田園に、さらに山間の僻村へと場面が移ってこの間にさまざまな生活を観察できます。

ウラに入ると、柔媚な春の句と暗鬱できびしい冬の句が去来し、場所も能登の七尾に飛ぶかと思えば、都あたりの古典的な恋に変り、さらにわびしい僧と猿曳が秋の月の下に登場します。

ナオに入ると雑の句が続いて、貧しい人々の暮らしの相がさまざまに描かれておりますが、その中に草庵生活をしていた隠遁者が、その生活を破棄して漂泊の旅に出るのは、西行などの俤でしょう。

ナウは折立から恋句ですが、ここで芭蕉の名句「浮世の果はみな小町なり」が飛び出し、この哀傷の気分もやがて、花の句、挙句のいかにものどらかなうららかな気分で一巻が終ります。

ここまでたどって来れば、誰でも旅をしていろいろの事を見聞・体験したような思いになるのは当然でありましょう。これは全く、一巻の主題がT・P・Oを変化させながら続けて表現される独自の手法によるものです。
 

●「猫蓑通信」第34号 平成11(1999)年1月15日刊 より

 
 
 
 
 
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